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 つまり,まとめるとこうだ。ある時期まで確かにシャーロック・ホームズモリアーティ逮捕のためにヤードを始めとする当局と連携し,組織を追いつめていた。教授もそれに当初は抵抗していたが,その無駄を悟ると,独自のチャンネルを使って英国政府上層部に極秘に取り引きを持ちかける。それがおそらく英情報部への協力である,またはワトソンもほのめかしているような、政府のスキャンダル(「政治家と灯台と訓練された鵜の事件」(J・トムソン「S・ホームズの秘密ファイル」収録)の事か?)での取り引きかもしれない。


ただおそらく、警察当局者の面子保持の為にも,イギリス国内の組織だけは当初の方針通り壊滅される事には同意したのは間違いないであろう。いわば部下を売ったのであり,「空き家の冒険」でのモラン大佐の逮捕劇にはこの辺が絡んでいるのではないか。

(であるからモリアーティ組織の末端には伝わらず、様々な妨害があったのである。)


 そしてこの結論がまもなくシャーロックのほうにマイクロフトから伝えられる。つまり「モリアーティは逃がせ」との結論である。しかし弟の方は無論喜んで従ったわけではないであろう。おそらくはかなり大きな葛藤が有り、この問題と直接関係ない友人と共にスイスに旅行するという行動は、これに対する無言の抵抗なのかもしれない。


 この事件において、ワトソンは所謂「善意の第三者」であり、「最後の事件」「空き家の冒険」中のワトソンの目から見た描写は、基本的に事実であると見ていいだろう。ホームズからの伝聞や、推測の部分が誤り(虚偽)だという事である。であるから、ワトソンが偽手紙に騙されて、返ってきた時にはホームズがいなくなっていたというのは間違いないであろう。無論ここでモリアーティ教授と取っ組み合いをしたのではなく、情報部からの連絡を受けて地下潜行を開始したのであろう。

(この潜行期間中のホームズの行動については諸説があり過ぎて真相は不明である。スーダン潜入説、チベット探検及び雪男調査説(B・グールド)、日本訪問説(「ホック氏の異境の冒険」加納一朗)、「ロストワールド」探検説などがある。)

またひょっとしたら、英国政府に自由を認められた教授とここで面会し、何らかの協定を結んだのかもしれないが。


 しかし、「犯罪界のナポレオン」を自由にし、またホームズを地下に潜らせてまで大英帝国がマークせねばならない国はどこであろうか、この答えは簡単である。プロイセン—大ドイツ帝国

「最後の事件」の前年、プロイセンにあっては30年以上ヨーロッパ外交を牛耳ってきた、「鉄血宰相」ビスマルクが政治上の対立から辞任し、かれの現状維持的な制作にあきたらない皇帝ヴィルヘルム二世の積極的な領土拡張策が始まろうとしていた。あの第一次世界大戦は彼の治世に開始される。推理・観察力において弟以上のマイクロフトが、この皇帝の危険さに気がつかない筈がない。


 英国の世界覇権を脅かすのはドイツであると考え、仮想敵国として情報網の整備をする必要に迫られたのであろう。(また犯罪組織の場合、容易にテロ組織にも変更しうる)ホームズが公の場に復帰してからも対ドイツ諜報に関わる仕事は続き、その延長として「ブルースパーティントン設計書事件」(「S・ホームズの帰還」収録)、そして「最後の挨拶」事件(「S・ホームズ最後の挨拶」収録)へと繋がるのである。